絶対に会えてよかった<27>

これから書く文章は、子供の頃を思い出しながら書いているボク自身が恥ずかしくてたまらない。それで最初に断っておくけど、どうか読んでドン引きしないで欲しい。

「『碇シンジ』って嫌いじゃないけど、別に好きでもないよ」

と、同級生に答えた後、ボクは続けて

「どちらかと言うと『エヴァンゲリオン』の『碇シンジ』よりも、『ふしぎの海のナディア』の『ジャン』の方が好みのタイプだよ」

と答えた。

あぁー馬鹿馬鹿馬鹿。

こうやって文章を書いていて「余計なことを言うな」と、子供の頃の自分に対して伝えてあげたい気持ちになってくる。この頃、ボクは自分が「好き」だと思うものに対して、「好き」と公言することに対して全く躊躇がなかった。

ちなみに

「神原くんって、やっぱりエヴァの『碇シンジ』が好きなの?」

と質問されて、

「でも、どちらかと言うと『エヴァンゲリオン』の『碇シンジ』よりも『ふしぎの海のナディア』の『ジャン』の方が好みのタイプだよ」

という回答は、一度だけではなくて何度も繰り返していた。

当時は『エヴァンゲリオン』のブームの真っ只中だったけど、DVDもない時代だったので同じ庵野秀明監督でも『ふしぎの海のナディア』を見ている人は少なかった。大半が「『ふしぎの海のナディア』は知らない」と言っていた。

稀に同級生の中にも見ていた人がいて、

「あんなメガネキャラのどこが好みのタイプなの?」

と言ってくる輩もいて、ボクは『ジャン』のカッコよさについて熱く語った。

子供の頃に見て特に好きなだったのが16話と17話だった。

「15話で亡くなったノーチラス号の船員を埋葬するために、海底に沈んだアトランティス大陸に行くけど、その16話後半のジャンのセリフが好きなんだよね。その回でジャンは長い間探していた父親が既に死んでいたって事実を知ることになるんだけど、

ジャンとナディアが二人きりになってから、ジャンを慰めるナディアに向かって『(飛行機を)もう作る必要ないんだ。海を全部さらったって、空の向こうに行ったって父さんはもう……』ってセリフが、子供がいうセリフにしてはカッコよすぎて溜まらないよ。このシーンは音楽も背景も幻想的で素敵だよ。ナディアから『じゃあ、またあの船に乗るの?』って訊かれて、ジャンが『うん』って答えて、『どうして?』って質問された後に、『好きだからさ。ノーチラス号のみんなが。そう。大好きだからだよ』って答えるシーンが大好きなんだ。ジャンが真剣な顔をして『好きだからさ』って答えた後、顔を逸らして少し照れながら『そう。大好きだからだよ』って答える顔が大好きなんだよね。このシーンだけでジャンに惚れるよ。このジャンの言葉の間に、一瞬だけナディアの驚いた顔のカットが入るんだよね。それまでナディアは我儘ばかり言っていたんだけど、この二人のシーンから徐々に人を思いやることを覚えていくんだよ。きっと自分にとって大切なジャンが『大好き』と言っているものに対して、それを否定しないで受け入れてみようと彼女の中で心境の変化が生まれてきたんだと思うよ。それから我儘が少しだけ減っていくんだよね。でも無人島編で我儘が元に戻るけど。

こういった少年と少女の繊細なやり取りが、作品としても『エヴァンゲリオン』より面白いんだよね」

ボクの長舌に沈黙する同級生たち。それを無視して一方的に熱く語った。

「それに17話のラストでジャンが飛行機を開発して、ナディアを乗せて一緒に飛んでるシーンで、

『ねぇナディア。やっとわかったよ。今までの僕と、これからの僕さ。僕はこの船に乗って勉強を続けるんだ。科学だけじゃない。世の中や大人の世界も勉強する。今は空を飛ぶだけだ。それだけじゃ君をアフリカに連れて行けない。でも君を守ることの出来る大人になったら、必ず連れて行ってあげるからね』

って、こんなこと男から言われたら惚れちゃうよねー。16話で父親の死を知ってから、それまで彼が信じて止まなかった『科学』への信頼が揺らぎ始めて迷いが出るけど、それを乗り越えて『子供』から『大人』へと成長していくジャンの姿がカッコ良すぎて惚れちゃうよ。父親の死や乗員の死を接して、それでも彼が『(夢を叶えるために)早く大人になりたい』って言うのを聞くと、大人になるってことは死に近づいていくことでもあるから複雑な気持ちになるよ。17話は『子供』と『大人』って言葉がキーワードで、16話と17話は少年と少女が少しづつ大人へと変わっていく過程を見せたくて制作側も狙って作ったんだと思うよ。いやージャンはどう見てもカッコいいよ」

腐女子のようにキャーキャーと喚きながらしゃべるボクのオタク丸出しの話を聞いて、ドン引きしている同級生たち。

もはやゲイブログなのかアニオタブログなのか書いている本人も分からなくなってきた。それに『ふしぎの海のナディア』を観たことがない読者は置いてけぼり状態で申し訳ない。

さっきも書いたけどボクは気になった作品を繰り返して鑑賞する癖がある。何十回も繰り返して同じアニメを見ていたらセリフなんて暗記できてしまうのだ。ちなみにボクが『エヴァンゲリオン』の『碇シンジ』に対して魅力を感じないのが、作品全般を通して、彼がそんなに成長しているように見えないからだ。むしろ彼の場合は、成長しないということがキャラクターとして魅力なのかもしれない。

大体の同級生は「へぇ……」と反応に困った状態だった。

そんな中、勇気のある同級生がボクに質問してきた。

「もしかして……お前って『ふしぎの海のナディア』の『ジャン』でヌイたことあるの?」

大人になって振り返っても、この質問をしてきた同級生の顔が忘れられない。「冷やかし」という気持ちは消え去っていて、「興味」と「恐怖」がせめぎ合っているような不思議な顔をしていた。

「うん。ヌいたことあるよ!」

正真正銘のアホだ。

自分で言っておきながら、あまりのアホさ加減に震えがくる。文章を書いていて手が震えてくる。何を嬉しそうに回答してるんだと殴りたくなる。

「へぇ……」

と、その場にいた同級生たちは反応に困っていた。あまりのアホさ加減に言葉を失っていて冷やかしの言葉もなかった。

<つづく>