同性への憧れと恋愛の境界線<4>

 彼のことが好きになり始めていたけど、名前も分からずに、悶々として数週間が過ぎた。

 ある日、塾から家に帰ろうと ボクは靴を履いて外に出た。塾には彼と先生の二人が残っていたので、まだ残りたい気分もしたけど、用事もないのに残っているわけにはいかなかった。

 一緒に帰りたかったな……でもボクと話すことなんてないだろうし迷惑だろうな。

 そんな気持ちを抱きながら、駐輪場まで歩いていった。駐輪場には二台ほど自転車が駐まっていた。ボクは自分の自転車とは別のもう一台の自転車に目が向いた。

 先生は塾まで車で来ているから、もう一台は彼の自転車なのかな。そういえば、前にすれ違った時も、この黒い自転車だったような気がする。

 ボクは薄暗い街灯に照らされている黒い自転車を注意深く見た。

 その自転車はボクの自転車と同じ販売店のシールが貼られていた。ボクの学区に住んでいる子供の大半が、その販売店で自転車を買っていた。自転車を見ていると、筆を使って綺麗な字で、ある名前が書かれていることに気がついた。

 もしかして……これが彼の名前なのかな。いや間違いない。これは絶対に彼の名前だ! 

 ボクの自転車にも同じ筆跡で自分の名前が書かれていた。その店で買った自転車には、購入者が断らない限り、いつも同じ筆跡で使用者の名前が書かれている。物心がついた頃から、その販売店の店長とも知り合いで、心を込めて、すごく丁寧に使用者の名前を書いてくれることを知っていた。店長のおかげで彼の名前を知ることができ、ボクは心から感謝していた。

 ようやく彼の名前を知ることができた。忘れないように何度も何度も自転車に書かれた名前を見て、頭の中に叩き込んだ。薄暗い自転車置き場で一人で笑顔になっていた。そして嬉しくて笑顔で自転車を漕いで家まで帰った。笑っているボクの顔を、通り過ぎる人が不審そうに見ていたけど、笑いを止めることができなかった。そして家に帰ってから、すぐにノートを開いて、片隅に小さく彼の名前を書き込んだ。

「よし! これで絶対に名前を忘れないぞ」

 嬉しくて寝る前にノートを開けて彼の名前を見ていた。ようやく彼の名前が分かったのだ。

<つづく>