同性への憧れと恋愛の境界線<9>

 早く話しかけないと先生が戻って来てしまう。話しかけるタイミングを見つけられないで、刻一刻と時間が過ぎていた。ドキドキしながら彼の様子を伺っていると、彼がいつものように手の骨を鳴らし始めた。

 今がチャンスだ!

 ボクは恐る恐る勇気を出して話しかけた。

「前から思ってたんですけど、そろそろ手の骨が折れますよ」

 ボクは照れ臭そうに話していたと思う。急に話かけられた彼は、不思議そうにボクの方を見ていた。

「あぁ……手の骨を鳴らすのが癖で授業中にも無意識に鳴らしてしまって」

 彼は癖を指摘されて少し恥ずかしそうにしていた。学校の授業中でも鳴らしてんのかよと思ったけど、そこは突っ込まないで話を続けた。そんな変わった所も恋するボクにはカッコよく思えた。

「横溝さん……ですよね?」

 目があって話をしているだけで、狼狽えてしまうけど顔に出さないように頑張った。あらかじめ話しかける内容は決めていたので、続きの話をしようと思った時だった。

「そうだけど。そっちは神原さんの弟だよね?」

 やっぱりボクのことを知ってたんだ。嬉しかったけど、冷静に話を続けた。

「親同士が知り合いみたいですけど、ボクの兄のことも知ってるんですか?」

 『神原さんの弟』という言い方が気になっていた。

「お兄さんのことなら、小学校でも中学校でも有名で目立ってたから知ってるよ」

 そうなのだ。ボクと違って、兄は背が高くて勉強も出来て生徒会などもしょっちゅうやらされて、学校内ではかなり目立った存在だった。ボクはその有能な兄の弟という立場にかなり助けられていて、イジメの対象からも除外されていた。小学生の頃から兄の学年のヤンキー連中にも可愛いがられて、誰もイジメようとする人はいなかった。嘘みたいな話だけど、女子生徒の何人かが、兄に会いに家まで来たことがあった。本人は迷惑そうで顔を合わすことなく追い返していたけど。ちなみに兄からお願いされて、その女子生徒達を追い返すという嫌な役をやらされたのはボクだ。ボクは兄は家にいないと言って追い返した。

 その兄の存在のおかげで横溝さんはボクの存在を知っていた。ボクは兄の存在に心底感謝していた。

<つづく>