カミングアウトの代償<1>

 カミングアウトをすることがいいことなのかは分からない。でもボクはもう二度と公の場でカミングアウトをすることはないと思う。その思いに至ったのは高校時代の体験からだ。

 高校に入学してからも、同じ中学の同級生から「あいつはホモらしい」という噂があっという間に広まった。別の中学校から来た生徒にも噂が知れ渡るのに、さほど時間はかからなかった。廊下を歩いていると、別のクラスの顔も知らない同級生からも声をかけられることが多々あった。

「神原さんってホモだって聞いたけど本当なの? 中学時代にN君って男が好きだった聞いたけど本当なの?」

 半笑いで話しかけて来た同級生の少し離れた場所では、数人の同級生がボクの反応を興味深々といった感じで伺っていた。肯定も否定もせずに適当に受け流していればよかったのかもしれない。中途半端なサービス精神からなのか、ボクは真面目に受け応えしていた。

「そうだよ。N君って男が好きだったよ」

 あっさりと認めてしまったボクのことを「こいつはありえない」という驚きの顔をして、矢継ぎ早に質問をして来た。

「今は好きな男がいるの?」

「うんいるよ。別の高校の年上の人だけど」

「男で抜いてるの?」

「まぁ……うん……抜いてるけど」

「女を好きになったことないの?」

「小学生の頃は女の子が好きだったよ」

「何でホモになったの?」

「知らない。気がついたら男を好きになってた」

 別の同級生からも何度も同じような質問を繰り返し浴びせられ続けていた。ボクは同じ回答を繰り返していた。

「あいつ……やっぱりホモなんだ」

 一通り真面目に回答して、遠ざかるボクの背中の方で、同級生が集まって囁き合っているのが聞こえた。ボクは無視してその場を立ち去った。

 普通はこういった状態になると虐められているように解釈するものなのかもしれないけど、ボクはその辺りの感覚が鈍いのか虐められているという認識を持ったことがなかった。そういった連中を相手にするのはめんど臭かったけど、実際に同性が好きなのは事実だし、もうこればっかりは仕方がないよねと思っていた。それに本来であればホモ扱いされたことを、もっと怒ってもいいのかもしれない。そうじゃないとプライドも何もない人間になってしまう。でもボクはホモである自分のことを低くみていたせいか、怒るという感情すら持つことはできなかった。
 
<つづく>