本当は同性が好きなの?<3>

 ボクは離れた場所まで歩いて後ろを振り返った。会社の出入り口に彼女の姿はなかった。

 なんで嘘をついただろう。

 真実を打ち明ける決意をしていたのに、口に出す最後の一瞬でボクの気持ちは変わっていた。

「神原君って……本当に同性が好きなんじゃない?」
「そうですよ」

 この一言が口に出せなかった。ボクは人に対して真実を話すことが怖くなっていた。

 それにしても……嘘をつくのが上手くなったな。

 中学時代に同級生から「同性が好きなんじゃない?」と問い詰められて、無邪気に認めていた時代とは全く違っていた。当時は嘘をつくことすら知らなかった。

 恐らく彼女はボクの言葉を真実とは受け取っていないだろう。強い確信がなければ、あそこまで踏み切って質問してきたりしないはずだ。ボクは最後まで認めなかった。彼女の中ではモヤモヤとした思いが残っているかもしれない。でも嘘をついたことに後悔はなかった。これでいいと思っていた。ボクはもうあの会社とは関係がないのだし、最後にカミングアウトしても、何の意味があるんだろう。ボクがゲイであることを、多くの人に知ってもらう必要はない。

 あの会社で、ボクがゲイであることを知っているのは村上君だけいい。

 あの社屋の中で働いている彼の姿を思い浮かべながらそう思った。

 ◇ 
 
 電話を切った後、ボクはスマートフォンのアドレス帳にある彼女の名前を見つめていた。彼女からは一年間に一回ぐらいのペースで電話がかかってくる。

「神原君って結婚したの?」

 そして同じ質問を毎年繰り返して訊いてくる。その度に、ボクは同じような言い訳をしている。

「神原君って……本当に同性が好きなんじゃない?」

 彼女はあの時ように問い詰めて来たりはない。

「違いますよ」

 きっと、ボクが同じ言葉を繰り返すことを分かっているからだ。

<終わり>