「いや〜違いますよ〜」
彼はいつものように温和に微笑みながら言った。ボクは彼の顔をじっと見つめていた。どこかに嘘をついた陰りがないか注意深く観察していた。でも彼の顔を見ても全く何も読み取れなかった。彼は別に小指を立てることを直そうとせずに、その後も普通に小指を立てたままジョッキを持っていた。それに驚いたのが彼に対して周囲からそれ以上の突っ込みは入ることがなかったのだ。別に腫れ物に触れないようにする訳でもなく、みんな自然に別に話題に話が逸れていった。なんというか彼には職場に敵がいなかった。今だに彼のことを悪く言う同僚には会ったことがなくて、これが人徳というものなのだろうか。
そもそもゲイじゃないから隠す必要もないのかな……
ボクは彼の遠くから横顔をチラチラと見ながら観察していた。そしてタイミングを見計らって彼の隣の席に移動して、そっと小さな声で言った。
「小指って立てたままでいいんですか?」
ボクは何気ない感じを装って訊いた。
「もう癖なんでどうでもいいんですよ。もうこの年齢になると癖とか直しようもないですしね」
「ホモ扱いされてもいいんですか?」
今度は遠回しではなくストレートに質問してみた。
「もう何度も間違われてるんですよね。この年齢で独身でいるとやっぱり間違われますよね」
彼はホモに間違われても別に気にしてなさそうだった。それは彼がホモだから仕方がないと諦めているのか、それともホモじゃない自信があるから無視できるのかどちらかなのだろう。結局、彼がゲイなのかを全く知る手がかりは得られなかった。でも彼から「ゲイなんて気持ち悪い」という言葉を言わなかっただけでも嬉しかった。優しい彼の口からそんな発言と聞かされたら本当にヘコむだろうなと思った。
◇
TO:古賀様 お疲れ様です。神原です。議事録の内容の確認をしました。問題ないと思います。
ボクは彼のメールの返信をタイプしている途中で止めて、どうやって続きの文章を書こうか迷っていた。でも本当は心の中では続きの文章を決まっていた。
実は……ボクはゲイなんですけど、古賀さんはもしかしてゲイなんですか?
そうタイプしたかった。でもそんなことができるわけがなかった。ボクは議事録の内容の確認をしましたという返事だけ書いてメールを送信した。
もし彼がゲイだと認めてくれたら、ボクもすぐにゲイだと伝えるのに……
ボクは彼とメールのやり取りをする度に同じことを考えていた。でもそんなこと思い悩む必要がなくなる出来事が起こった。
<つづく>