ボクはゲイなので、ノンケ向けのAV女優が出ている映画館に入りたいという願望は湧いてこなかった。でも、よくよく考えてみればノンケ向けのAV女優が出ている映画館には、ノンケの男性が当然に集まる。だからノンケを食うチャンスを狙っているゲイの人は、そちらの映画館に行った方がいいのかもしれない。でもノンケに手を出して、本気でキレられて殴られたりする可能性もあるような気もする。どちらにせよ、ボクはそんなリスクを負いたくなかった。
ただ「シネ・フレンズ」に入ることは決めたものの、実際に入る勇気が湧いてこなかった。
見た目からして、うらぶれた映画館という感じだった。こんな場所に入ると考えただけで、なんだ惨めな気持ちになった。
それから「シネ・フレンズ」の周辺を何度も行ったり来たりした。近くの料理屋の店員が外にゴミ出しに出て来て、目があって居づらくなった。
雪は少しだけ降り続いていた。いつのまにか日は完全に暮れて夜になっていた。
こんな真冬の夜に何をやってるんだろう……
いつまでも映画館の前に立っている訳にもいかなかった。かと言って周囲をウロウロする訳にもいかなくなった。結局、映画館に入る勇気が持てなかったので「千本通」沿いにあった本屋に立ち寄って体を温めることにした。そして適当に目についた雑誌を取って立ち読みしていた。でも雑誌に書かれている内容は、頭の中にさっぱり入ってこなかった。
そう……ボクにとって、この行動にはデジャブ感があった。
数ヶ月前に、はじめて有料ハッテン場に行った時と同じだった。あの時は、近くのコンビニで、有料ハッテン場に入る勇気が出なかったので長い時間を潰していた。
どうやったら「シネ・フレンズ」に入る勇気が持てるのか?
そのことばかり考えていた。
ボクにはゲイとしての行動を「縛り付けるもの」があった。
その「縛り付けるもの」を外すのに、いつも長い時間がかかってしまう。しばらく書店にいて体は温まったけど、でも勇気は出なかった。ボクは心の中で、どうやったら「縛り付けるもの」を外すことができるのか考え続けた。そして長い時間かけて、ようやく妥協点を見つけた。
本屋を出て「千本通」を歩いて途中で路地裏に入った。目の前には再び「シネ・フレンズ」があった。
ボクは頭の中で「縛り付けるもの」に謝罪しながら「シネ・フレンズ」のドアをそっと開けた。
映画館に入るとジメジメした空気が漂っていた。建物の奥の方からは映画の音が漏れて聴こえていた。ボクは恐る恐る映画館に入って右手にある受付に目を向けた。受付に座っている店員はかなり年配の男性で、大きな声でお客と雑談をしていた。雑談相手の男性も同年代くらいの男性だった。どうやら常連客のようで和気藹々と話していた。ボクから見れば二人とも「お爺さん」という感じだった。
ボクが映画館に入って来たことに、二人とも気がつかないで夢中で話していた。
「あの……すみません……」
雑談中の二人に声をかけて、ようやくボクの存在に気がついてくれた。受付の店員も雑談していた客も、ボクの方を見てなぜか少し驚いていた。
受付の店員に入場料を払っている間も、雑談をしていたお爺さんは、じっとボクの方を見ていた。ボクはその視線を無視してお金を払い終わると、どうしたらいいのかわからずに「初めてなんですけど?」と受付の店員に訊いた。すると雑談をしていたお爺さんが、受付の左手にあったドアを開けて「こっちだよ」と教えてくれた。
ボクは「ありがとうざいます」と頭を下げて、恐る恐るドアの向こうに足を踏み出した。でもやっぱり頭の中の片隅には「縛り付けるもの」があった。
<つづく>