絶対に会えてよかった<2>

店内に入ると不穏な空気が流れていることに気がついた。

いつもと違って廊下をすれ違う人たちの様子が、なんとなく余所余所しい。

きっと変わった客がいるんだろうな。

すれ違う人たちが、首を傾げながら去っていく。もしくは笑いながら逃げるように去っていく。

この妙な空気の原因を突き止めてやる。

そう決めてから、ボクは彼らとは逆方向に向かっていった。

ここは有料ハッテン場。

店内がこんな雰囲気の時は、何かしら問題の客がいる証拠だった。

ボクはこの妙な空気の発生源が店内のどこにあるのか突き止めるため部屋を回り始めた。

廊下に数人が集まって何か囁いていた。耳を澄ませていると「あの人何?」「怖ぇぇ」と言った言葉が聞こえた。

やっぱり変わった客がいるんだ。

ボクは好奇心に駆られて探索を再開した。

各部屋はカーテンで仕切らている。何枚目かのカーテンをめくって部屋の中を確認しようとした時だった。ボクがめくったカーテンを別の人が、反対側から同じタイミングでめくった。

「あっ……すみません」

ボクは部屋の入口を塞いだ形になったので、カーテンをめくった相手に対して謝罪の言葉を述べた。相手が部屋から出ようとしているのにボクの存在が邪魔になったので、慌てて頭を下げて脇に避けた。

細身で背の高い男性がのそっそりとカーテンを開けて廊下に出てきた。

ボクは相手が廊下に出てきたのを確認してから、顔を上げると正面から目が合ってしまった。

あっ!

その相手と数秒ほど目が合ったままになった。そして体が固まってしまった。

間違いない。店内の不穏な空気は、この人が原因だ!

そう一瞬で悟った。

相手の男性は立ち止まってボクの方をじっと見ていた。ボクは相手から目をそらしてカーテンを開けて逃げるように部屋の中に入った。その人が出ていった後の部屋には誰もいなかった。

今の人……何だったんだろう。

かなり怖いものを見た気がした足が震えた。

ボクは恐る恐るカーテンを開けて部屋から出た。真っ暗な廊下には一箇所だけ電球があって、その真下に立っている彼の姿がぼんやりと目に入った。

彼の姿を簡潔に説明すると『パペットマペット』というお笑い芸人だった。ただ、そのパペットマペットが黒いフードだけかぶって全裸になっている姿を想像して欲しい。もちろん両手にぬいぐるみはつけていない。そして薄暗い廊下の途中に立っているのを想像して欲しい。

ボクと彼しか廊下にはいなかった。

いや正確に言うと、他の客もいるんだけど、彼の異様な姿を見つけると慌てて回れ右をして逃げていく。

彼は壁にもたれて立っていた。黒いフードには、ギョロギョロと動く二つの目玉があって、その目玉が食い入るようにボクの方に向けられていた。

<つづく>