従業員のおばちゃんは、二人分のサンドイッチとコーヒーを運んできた。
彼の前に置かれたサンドイッチとコーヒーを見ても何の違和感も感じなかったけど、次に自分の前に置かれたサンドイッチはともかく、コーヒーを見て固まってしまった。
この小さいカップに入ったコーヒーは一体何なんだろう?
コーヒーの量が異常に少ない。コーヒーカップの取っ手が小さくて持ちにくい。
普通なら甘いサンドイッチを一口か二口食べて、苦いコーヒーを少し飲んで、ゆっくりと味わいながら食べるものだと思うけど、どう見てもサンドイッチの量とコーヒーの量の釣り合っていなかった。
ボクはそんな動揺を顔に出さないように細心の注意を払いながら、カップを落とさないように慎重に持って口に運んだ。
そして一口飲むと、
「苦い……」
そうつぶやいてしまった。
もう大体の読んでいる人は気がついてると思うけど、ボクが注文したのは「エスプレッソ」だった。
なんだ……この変なコーヒーは?
出がらしのコーヒー豆?
この店の主人が作るのをミスしたんじゃないの?
そんな様々な思いが頭の中を駆け巡っていたけど、田舎者扱いされたくないというプライドがあって顔に出さないように注意していた。
「そりゃあ。エスプレッソだから苦いよね」
ボクの言葉を聞いた彼は当然といった態度だった。
「これって元々こんな味なんですか?」
ボクは何を注文したのか覚えておらず「エスプレッソ」という名前も忘れていた。彼の言葉を聞いて思わず、素に戻って質問してしまった。
「やっぱり知らなくて注文したんだ! でも他のなら交換してあげるけど、俺もエスプレッソは無理だなー」
彼は愉快そうにケラケラと大きな声を出して笑っていた。隣の席を見ると新聞を読んでいたお爺さんが、ニヤニヤ笑いながらボクらの会話を聞いている。少し離れたカウンターの中でマスターと従業員のおばちゃんが「やっぱり」という顔をして、ボクの方を見ていた。カウンターに座っていた常連客もボクらのやり取りに気がついたのがニヤニヤしながら見ている。
ボクは店内で衆人環視に合って赤面してしまった。
もともと恥ずかしがり屋という性格もあって、もはや恥も外聞もなくなって「だってまともな喫茶店に来たのって、これが初めてなんですよ!」と言い訳をした。
彼はひとしきり笑った後、
「あー面白かった。きっとエスプレッソって言葉を聞く度に、君のことを思い出すんだろうな」
と言った。
ボクもきっとエスプレッソって言葉を聞く度に、彼のことを思い出すんだろうなと思った。
ボクは我慢しながら残りのエスプレッソをチビチビと胃の中に流し込んで飲みきった。
食事が終わって会計を済ませる時に、意味深に笑っていたおばちゃんの顔が今でも忘れられない。
<つづく>