ゲイとしての居場所作り2018年秋<11>

パレードやNPOやサークルなどゲイの人たちが沢山集まる場所に興味が持てないのには、もう一つ理由がある。

それは「人間関係」や「恋愛関係」のもつれだ。

人が集まれば、どうしても喧嘩が起こる。それに恋愛関係も生まれるだろう。

誰と誰が喧嘩してたり、その関係の中で分かれた派閥があったり、誰と誰が付き合ってるのを把握したり、その関係の中で浮気があったりと、はっきり言ってそんな腹の探り合いなんてめんどくさいし、相手に対して疑心暗鬼になりたくもない。もちろんこれはゲイの世界に関わらず、ノンケの男女の関係だって全く同じで、そういった人間関係や恋愛関係のゴタゴタに巻き込まれたくなかったりする。

過去に何度かノンケの男女関係に巻き込まれる経験して、そういった人間関係のゴタゴタに巻き込まれたくないというのが本音だったりする。

これは近いうちに書く予定の内容と重複してしまうけど、文章を書き続けて、5月に東京から帰ってきてから気が付いたことがある。

ボクは「ゲイとして中途半端な存在」ということだ。

長々と文章を書き続けているけど、なんだかんだ言ってボクは野外のハッテン場に行っても傍観したり会話しているだけだ。有料ハッテン場に行っても過激なことをしないで会話して軽く抜き合いだけしているだけだ。過去に地元のゲイの飲み会のようなものに誘われたこともあったけど断った。ここ1年間、沢山のLGBTイベントに顔出したけど興味がもてなかった。

ゲイのコミュニティには深く接したことがない。

このサイトで文章を書いてて沢山の方からメールをもらってるんだけど、メールを送ってくれた人たちに「ある共通点」が多いことに気が付いた。

それは「ゲイであることを隠したまま女性と結婚してる人が多い」ことだ。

送ってもらったメールの文章を読んでいて「また既婚者からのメールなの!?」と驚きの連続だった。

ずっと「どうして既婚者のゲイの方からメールが多いんだろう?」と疑問に思っていた。でも、よくよく考えてみたら、このブログを書き始める前からボクは割と既婚のゲイの方との接点が多かったように思う。

例えば、京都の有料ハッテン場で初めて肉体関係も持った人も既婚だったし、少し前に書いた京都駅近くで会った医療関係者の人も既婚だった。これから文章に書く人にも既婚者が出てくる。

ゲイの世界に踏み出せないでいろいろ迷っている人。

それは既婚者に限らないけど、ボクの書いた文章に共感してくれる人は、そういった人たちが多いんだと思う。既にゲイの世界に深く踏み込んでる人からすれば、ボクの立ち位置は中途半端に見えてしまうのかな?とも思う。

<つづく>