絶対に会えてよかった<77>

彼は我慢ができないようで、シャワーを浴びて出てくると、すぐにボクに抱きついてきた。野外で抱きついてきた時もだったけど、興奮しているのか「ハァハァ」と吐息を漏らしていた。その息がやけにタバコ臭かった。そういえば彼は出会ってから車の中でも頻繁にタバコを吸っていた。

ボク自身はタバコを全く吸わない。でも相手が吸っていても、そこまで気にはならない。前の職場では、よく喫煙ルームで打ち合わせをしていた。あくまで小規模なプロジェクトの話だけど、わざわざ会議室を予約して集まって打ち合わせをしなくても、喫煙室で話していたら済むからだ。ボクも休憩がてらにコーヒーを持って喫煙室に行ってから進捗や問題点を報告していた。そっちの方が効率的だと思っていた。

彼はともかくボクの方は「心」の「体」も準備ができていなかった。

「申し訳ないですけど、落ち着かないから、とりあえずシャワーを浴びさせてください」

ボクは断りを言って彼の体を放してからシャワールームに入った。

一人でシャワーを浴びていると、お湯と一緒に体に染み付いた汗や尿や便や汚れが落ちていく。それと一緒にボクが日常生活の中でつけている仮面のようなものが剥がれて落ちていくのが分かる。

「あまり性欲なさそうに見えるけど、ちゃんとあるんだね」

そんなことを過去に出会った人たちから言われた。

どうやら出会った時は真面目で性欲なんてなさそうな感じに見えるらしい。でもシャワーを浴びてから出てくると、普段は心の底の方に隠している性欲がちゃんと出てくる。

ボクは誰かと肉体関係を持つ前に、一緒にシャワーを浴びたり風呂に入ったりするのが苦手だ。一人でシャワーを浴びていると「外」にいる顔から「内」にいる時の顔に変わってくるのが自分で分かる。もともと恥ずかしがり屋な性格をしているのもあって、全てを曝け出すことはできないけど、仮面が剥がれて少しだけ素の自分が出てくるのが分かる。ただ相手と肉体関係を持った後なら、一緒にシャワーを浴びても気にならなかったりする。そのまま翌朝になって、外に出ていく準備をしているタイミングで仮面をつけてから部屋から出ていく。

自分の精神状態を切り替えるために、一人になるのは必要な時間だった。

一人でシャワーを浴びていると汚れが落ちて「体」の準備もできる。ついでに仮面も落ちて「心」の準備もできる。

とりあえず片方だけの準備をすることにした。

「ボクの目標は彼と後腐れなく別れることだ」と、そんなことをシャワーを浴びながら考えていた。

シャワーを浴びて下着だけつけてから出ると、彼は下着をつけてタバコを吸っていた。ボクは脱いだ衣類を適当な場所に置いて、彼に近づいていった。もうボクは彼のことを好きになることはないのは分かっていて「早く終わらせて家に帰りたい」と思った。

彼はソファに座ってタバコを吸いながらテレビを見ていたけど、ポクの姿を見てから立ちあがってボクを抱きしめた。そして、そのままキスをしてきた。

やけにタバコ臭いキスだった。

<つづく>