絶対に会えてよかった<92>

もう「あの人」は来ないのかな?

ボクは薄暗い廊下の壁にもたれて大半の時間を潰していて、「ずっと立ったままだったから足が疲れたな」としびれた足に限界を感じていた。店に入ってから既に2時間近く経っていた。

廊下を歩いている人を観察して時間を潰していると、同じように壁にもたれてスマホを取り出す人がいた。離れた場所からでもうっすらとスマホの画面が見えた。画面には顔写真の一覧が表示されていた。指を動かして何度も画面をスクロールさせて、顔写真を開いては閉じてを繰り返していた。

どうやらゲイアプリの画面のようだった。

きっと客が少なかったから好みのタイプが見つからなかったんだろう。

有料ハッテン場に来て、さらにゲイアプリを使ってまで相手を探している姿を見て、なんだか人間の業の深さを思い知らせれて胸が痛くなった。

ボクの前を横切った人が立ち止まって、そばに近寄ってきて囁いてきた。

「誰か狙ってる人はいるの?」

よく顔を見ると、常連客で顔見知りのゲイのユウちゃんだった。

ボクは「今は狙ってる人はいないんですが、『ある人』が店に来るのを待ってるです」と答えた。彼は「そんな人がいるなんて意外だ」と驚いた顔をした。

「その人と約束してるの?」
「約束なんてしてないです。仕事が終わって金曜の22時くらいから、よく店に来るらしいんです」
「どんな人なの?」
「うーん。地味な感じの人です。よく店に来てるらしいから、きっとユウさんもすれ違ってると思いますよ」
「何歳なの?」
「はっきりとは知らないですけど40代後半です。多分……48歳か49歳ぐらいかな?」

ボクの言葉を聞いて彼は「ありえない」という呆れた顔をした。彼が呆れたのも無理はなかった。そもそもこの店の入場は「45歳以下」という年齢制限がある。ボクが待っている「あの人」はとっくに年齢制限を超えていた。もちろん本人も気がついていて「店員に顔を見られないようにこっそり通っている」と聞いていた。

ユウちゃんは「いやー相変わらず君の好みのタイプは変だね」と言って哀れみの目でボクを見て去っていった。彼には過去にも「妖怪くん」と言った、かなり変わった人とばかり関係を持っている姿を目撃されていたので、もはやボクのことを同じゲイというカテゴリーで見てくれていないようだった。

ボクの待っている『あの人』には、40代後半という以外に、もう一つ「重要な事」があった。でもユウちゃんに説明するのは止めることにした。これ以上、変人されても困るし、そもそも彼に教える必要もなかった。

それからしばらく待ったけど『あの人』は姿を現さなかった。

今日は来ないみたいだな。

もう諦めて帰ろうと思って、ボクはロッカールームに行って服を来た。入り口カウンターに置いている返却箱にロッカーキーを入れてから店のドアを開けて、ゆっくりと階段を降り始めた。

するとボクが階段を降り始めたのと同じタイミングで、下の階から登ってくる足音が聞こえた。

<つづく>