絶対に会えてよかった<96>

ボクはカーテンをめくって別の部屋に行こうとしていた。

各部屋はカーテンと短い通路で仕切られていた。別の部屋に移る間にはカーテンを開けて、薄暗く短い通路を歩き、また次の部屋の入口になっているカーテンを開けて移動する必要があった。

ボクがカーテンをめくって通路に足を踏み込んだ時だった。同じタイミングで反対側の部屋のカーテンが開いた。そして年配の雰囲気を漂わせた男性が通路に踏み込んできた。

ボクとその男性は背後のカーテンを閉めた。

そして暗く狭い通路で二人きりの状態になってしまった。

ボクは彼は真正面から目が合ってしまった。

ボクは「あっ……すみません」と言って、通路の端に体を寄せて道を譲ろうとした。彼が通り抜け出来なくて困っていると思ったからだった。その通路はわざと道幅を狭くしていて、どちらかが避けないと通り抜けができなかった。この狭い通路で通り抜けるついでに気になった相手の身体に軽く触れて誘いをかける人もいたけど、ボクにはそんな勇気は無くて一度も試したことはない。

ボクは壁に身体をつけて道を譲っていると男性はゆっくりとした動作で近づいてきた。そのまま通り過ぎるかと思ったら通路の途中で立ち止まってしまった。

ボクの眼前には年配の少し猫背の男性が立っていた。

ボクと身長は同じくらいに見えるけど、彼が猫背の分だけ低く見えるようだった。

頭の中では「この人さっきまでいたかな?」という疑問が沸き起こっていた。店内の客の顔と人数はほぼ把握していて、それから新しい客が来た気配は全くしなかったのだ。玄関を開けた時になるベルの音も全く聞こえなかった。

この人……どこから湧き上がってきたんだろう?

と考えてから次に、

この人……いったい何歳くらいなんだろう?

と考えていた。

顔立ちだけ見ると40代中盤を超えているように見えるけど、猫背で自信がなさそうに見えるからなのか全体的な雰囲気は少しだけ若く見えた。

そうやって暗闇の中で目を凝らして、目の前の男性を観察していると彼はそっと手を伸ばしてきた。

この人はボクを誘うつもりなんだと気がついた。

恐る恐るボクの体に触れてきた彼の手は少し震えていた。ボクはその慣れていない不器用な手つきと、自信のなさそうな表情や動作に興味を持ってしまった。

彼はボクが拒絶しないことを確かめてから手を握って「他の部屋に行かない?」という感じで、そっと手を引き寄せてきた。その手の握り方や引き寄せ方もぎこちなかった。

ボクは彼の持っている顔立ち以外の全ての要素が、実際の年齢とは反比例しているのに不思議と惹かれてしまった。

これがボクと40代の彼との最初の出会いだった。

<つづく>