おのぼり二人紀行<34>

ちょうど彼と一緒に農業を始めて一カ月が経った頃、ある本が発売されて読んだ[*1]。その本の中で次のような文章が書かれていた。

 

石牟礼道子さんとは晩年にお話する機会がありました。そこで、彼女の代表作である『苦海浄土 わが水俣病』を、どうしたら若い世代に伝えていくことができるのか、という話になりました。

すると石牟礼さんは、しばらく考えて、「手仕事をするといいですね」といったのです。どんなに詳しく本の中身を説明しても、分かってもらうことはむずかしいかもしれない。しかし、手を動かして仕事をするようになれば必ず見えてくるものがある。その大切なものを無残にも破壊したのが水俣病事件だというのです。 

 

この本には石牟礼道子さんの言葉を引用した後、彼女は「頭を働かせるだけでなく、同時に手を動かすとよい」と意味で、この話をされたと書かれていた。先にも書いた柳宗悦の『手仕事の日本』の中では「手はただ動くのではなく、いつも奥に心が控えていて、これがものを創らせたり、働きに悦びを与えたり、また道徳を守らせたりするのであります。」と書かれていた。

 

去年の夏頃から石牟礼道子さんや志村ふくみさんといった人たちの書いた本と出会った。それから彼らに影響を与えた人たちが書いた本を読むようになった。彼らが書いた本を読んで、自分が探していた言葉がようやく見つかったように感じていた。それと生きる姿勢についても感じるころが多い。つい先日読んだのは志村ふくみさんの友人の永瀬清子さんの書いた『短章集』という本だったけど、自分の中で漠然と感じていたことが、はっきりと文章に書かれていて驚いてしまった。

 

例えば『あわれみが』の中に、

 

愛がすべてを解決すると以前には思った。

(愛なき我をかなしみつつ)

あわれみが、といまは思う。

 

と 書かれているのだけれど、読んだ瞬間に震えてしまった。ここ数年間、ずっと僕自身が考えていた言葉が書かれていたからだ。永瀬清子さんは結婚して生活のために農業をしながら詩人しても活動をされていた女性だ。

 

そういった本と出会っている最中に、彼と出会ったのは僕としては「縁」と言うしかなかった。「ゲイ以外の側面」で自分が進んで行きたい方向が見えてきた時、同じ方向を向いて一緒に歩いていける人と出会えた。ついでに「ゲイの側面」も一緒に抱えて歩いていける人と出会えたのだ。

 

ちょうど、この章の文章を書いている途中で、彼と会ってから一年が経った。彼は「一人ではできないと思っていた」と言って僕に対して感謝してくれているけど、それはお互い様としか言いようがない。「よくぞあの日メールを送ってくれた」と僕も彼に感謝している。

 

僕は付き合っている相手と一緒に何かの作業するのは、ゲイとしての側面から見ても良いように感じている。

 

二人一緒に作業をしていると「共通点」ができるからだ。

 

特にゲイのカップルに関しては、都合がいいように感じている。男女のカップルであれば結婚して子供を作って「子育て」という共通点ができて、日常生活を過ごしたり、仕事をしたりするのだろうけど、ゲイのカップルの場合、そういった展開は望めない。デートするにしても、一緒に観光したり、一緒に映画を観たりして、二人一緒にいる時間を重ねていけば共通点は少しづつ積み重なっていくけど「子育て」のような芯になるまでの強い共通点ではないように感じている。

 

一緒に作業していると共通点が沢山できる。

 

ついでに一緒に作業している相手の別の人間性を見ることができて面白い。

 

先日、僕は生まれて初めてチェーンソーを使うことになった。そして1日30本近くの大木を切ることになった。木の倒れる方向が想定からずれてぶつかれば即死するような大木も多くあった。実際に作業していて思わぬ方向に倒れるケースもあったりして何度かヒヤリとした。大木を倒しただけじゃ終わらず、チェーンソーで細かく切って運ぶ作業もした。

 

そもそも僕は文系でインドア派の人間でチェーンソーなんて縁遠い存在だったんだけど「なんとかなるだろう」と思って引き受けてしまった。こういった「ノリの良さ」というのも誰かと付き合っていく上で大切だと思っている。そういった作業を一緒にしていれば、おしゃれな街でデートしているだけでは垣間見ることができない彼の側面を見ることができる。作業をしながら問題にぶつかる度に「どうしようか?」と相談しながら進められるのも面白い。二人で時間や問題を共有することができる。ついでに地元の人たちにとっても、長い間、放置されて困っていた大木を切ることのよって社会貢献できたのもよかった。

 

ゲイのカップルがうまくいかないことが多いとよく聞くけど、そういった二人の「共通点」がノンケのカップルに比べて作りにくいからじゃないかと思っている。

 

一緒に同じ問題にぶつかって、一緒にどうしたらいいのか考える。

 

そういった小さな積み重ねが共通点の積み重ねが大切だと感じている。

 

<つづく>

[※1]考える教室 大人のための哲学入門 NHK出版 著者:若松英輔