年上の友人

彼の親戚に農家のお爺ちゃんがいる。

 

そのお爺ちゃんと初めて会ったのは、彼と付き合い始めて半年くらい経ってからだった。冬の寒い日に「シイタケの駒打ちをするから手伝って欲しい」と電話が来て、僕は「彼の友人」という体裁で家を訪れた。

 

その日のことはよく覚えている。

 

僕たちが着いた時には、既に作業を始めていた。木にドリルを使って穴をあけ、シイタケの菌がついた駒をトンカチで打ち込んだ。それから木を直射日光があたらない日陰に移動させて置いた。そのまま放置して2年近く経つとシイタケが生えてくるらしい。その日の作業後、昼食に、収穫したてのシイタケをバターで焼いて食べさせてもらった。そのシイタケは何年か前にお爺ちゃんが一人で駒打ちして育てたものだ。その上、お土産に袋一杯にシイタケを詰めてもらった。

 

僕は「駒打ち」という言葉の意味すらほとんど分かっていないまま訪れた。スーパーマーケットで売られているシイタケのパックに「原木栽培」とか「菌床栽培」とか書かれたシールが貼られているのを、目にしてはいたが深く考えてこなかった。「これが原木栽培なのか」と経験してようやく理解した。

 

僕が一番驚いたのはお爺ちゃんの体力だった。

 

僕たちは「二人がかりでやっと持てる」いう状態で、駒打ちの終わった大木を台車に積んでいた。そんな状態で息をきらしながらも日陰になっている場所まで何度も往復した。その作業を去年まで一人でやっていたというから驚きだった。木が誤って足の上に落ちたら軽く骨折するレベルの重さだった。合計50本くらいあったのだけど、そのうち30本くらい大きな木を運んで、残りの小さな木は、別の日に自分一人で作業すると言っていた。僕からすれば「まだ大きな木が何本か残っているから危ない」と思ったのだが気にしてなさそうだった。

 

数か月後、僕たちが運んだ大木は綺麗に組み合わせて置かれていた。僕たち二人がかりでも「かなり重たい」と感じていたのだが、それを一人で組み合わせて並べていた。とても80代後半とは思えない体力だった。お爺ちゃんからは「木を運ぶだけでいい」と言われていたけど、組み合わせるのなら手伝って欲しいと言えばいいのにと思った。

  

それからというもの、僕はタケノコ堀り。田植え。芋堀りなど、そのお爺ちゃんの家に頻繁に訪れることになった。

 

<つづく>