土いじり日記(2024/2)

2/29

朝から夕方まで雨が続く。一緒に電車に乗って途中まで通勤した。吉村昭『魚影の群れ』 (ちくま文庫)を読み終えた。次に『光る壁画』(新潮文庫)を読み始めた。仕事から帰宅して映像の世紀『CIA 世界を変えた秘密工作』を視聴した。

 

2/28

吉村昭『魚影の群れ』(ちくま文庫)を読み始めた。短編集で読んでいる途中だが最初の『海の鼠』という話がとても面白かった。「喧嘩」について色々と考える。職場でもよく喧嘩をして仲裁に入ることが多い。喧嘩することを止めようと思わない。感情はむしろ発露したほうが良いとさえ思っている。ただ始めた喧嘩をどこで止めるのかを考えずに喧嘩している人が多いように思う。そもそも感情的になっているので冷静に考えることも難しいとは思うが。その人が何に怒っていて、どういう状態になれば喧嘩する気持ちが収まるのか、仲裁役として話を聞きながら見極めが必要だと感じる。

 

2/27

休日。吉村昭『島抜け』(新潮文庫)を読んだ。彼は仕事なので一人で屋外で作業をする。詩人の「石垣りん」について対談する音声があったので、それを聴きながら作業をした。石垣りんは銀行員として、永瀬清子は農家として働いていたが、そういった詩人とは全く関係のない日々の仕事をしながらも、後世に残る詩を残した人を尊敬する。

 

2/26

吉村昭 『蚤と爆弾』(文春文庫)を読み終えた。三日ぶりに出勤。メールを返信して、不在時に起こっていた揉め事を片付ける。本当によくもまぁ同僚たちは喧嘩ばかりしているなと思う。揉め事の仲裁をしながら思うのだが、僕はどちらの相手に対しても憎しみを持つことができない。感情を出して戦っている当事者たちを見て愛おしいと思うのは変なのだろうか?

 

2/25

三連の最終日。来客があって彼と一日中屋外で作業をした。吉村昭 『蚤と爆弾』(文春文庫)を読み始めた。かなり前に読んだことがあったが、少し記憶が薄れてしまっていたので久しぶりに読み返している。

 

2/24

今日も彼と屋外で作業した。夕方には疲れてバテてしまった。吉村昭 『漂流記の魅力』(新潮新書)を読んだ。年明けに大黒屋光太夫の漂流記に出て来てロシアに残った二名の後日談も描かれていた。

 

2/23

吉村昭『羆』(新潮文庫)を読んだ。吉村昭の熊シリーズ。三連休の初日。朝から彼と作業をして過ごした。

 

2/22

吉村昭『熊撃ち』(ちくま文庫)を読み終えた。部署異動を希望している同僚がいるのだが、その人の異動希望先を聞いて驚いた。同僚との人間関係もうまく行っていないし、年齢の割と任される仕事の内容も質も合っていない人で、あまり家庭もうまく行ってなさそうだった。現状に不満があるのは分かるが、異動希望を出している部署は、経営層の我儘行為の直撃して受けている部署で、既に何人も退職者を出している。職場内でも「絶対に異動したらまずい部署」という話になっていて、その人の耳にも入れていた。精神的にも打たれ弱く、その人が異動した所で耐えられる部署ではないはずだ。自分なら対応できると思っているのかと観察していたが、このタイミングで、その部署に異動したいと希望を出すのは無意識のうちに「死にたい」と考えての自殺行為に近いのではないかと思う。

 

2/21

吉村昭『蜜蜂乱舞』(新潮文庫)を読んだ。以下の話が面白かった。

 

経済統制のきびしい中で、なぜかわからぬが蜂蜜は忘れられたように売買も自由で、各地の農家と蜂蜜を米と交換することを繰返していたので、利太郎の一家は食糧不足になやむことはなかった。ただ、蜜蠟のみは、軍関係に供出することを強いられた。電線をおおう布や砲身に塗るらしく、その供出の代償として蜂の餌となる砂糖の特配を受けることができた。

 

小説の中で描かれる家族のあり方が、吉村昭の理想とする家族像のように思えた。最後のあたりに羆の話が出てきた。以前『羆嵐』(新潮文庫)を読んだことがあって羆撃ちの話には、もう満足していたが、羆熱が再燃した。次は『熊撃ち』(ちくま文庫)を読む予定。

 

2/20

吉村昭『大本営が震えた日』(新潮文庫)を読み終えた。太平洋戦争の開戦までの知らない細かな話が沢山あって興味深い。次に『蜜蜂乱舞』(新潮文庫)を読み始めた。鹿児島の鹿屋が舞台。吉村昭らしく序盤に戦争と蜂蜜の関係性について描いている。相変わらず吉村昭の本を読んでいる。みなもと太郎が亡くなってから『風雲児たち』の続きが読めなくて困っていたが、その代わりに歴史の事実の選択と描写が似ている吉村昭を読むことにして読み続けている。

 

2/19

休日。彼は仕事。福岡は朝から昼まで大雨。昼から上がって雨水も引いて夕方から一人で作業。土曜、日曜日の作業がきつくて身体が痛いので軽めの作業をした。吉村昭『深海の使者』(文春文庫)を読み終えた。次に『大本営が震えた日』(新潮文庫)を読み始めた。

 

2/18

二日続けて彼と屋外で作業。疲れ果ててしまった。体の疲労が激しく痛みで何度か夜に目を覚ました。引き続き吉村昭『深海の使者』(文春文庫)を読書中。相変わらず二人一緒に休日は何かしら作業をして過ごす日々が続く。特定の誰かがいれば、それ以上の別の交際を望まない深く狭い人間関係を求めてしまう性格をしているが、僕にしても彼にしても休日に毎回どこかに出かけて食事をしたり、映画を見たり、イベントに行ったり、旅行に行ったり、喫茶店に行って会話をしたりと、何年もそんな日々を過ごすのは難しいと認識を共有している。一緒に何か作業をしていかないと飽きると思う。他のゲイのカップルの人たちは、よく飽きないよね。と思う。

 

2/17

吉村昭『プリズンの満月』(新潮文庫)を読み終えた。次に『深海の使者』(文春文庫)を読み始めた。盗聴を防ぐために、国際電話を使って早口の薩摩弁で会話をするシーンが出てきたが、山崎豊子『二つの祖国』に同じシーンが出ていたことを思い出した。大学時代に読んだはずだが、さすが山崎豊子というべきか元ネタがあることを知らなかった。最後には主人公が自殺してしまうのも同じだ。

 

2/16

吉村昭『プリズンの満月』(新潮文庫)を読書中。ネットでニュースを眺めていると、見たことがあるLGBT関係者のアカウントがプチ炎上しているシーンを見かけた。かなり久しぶりに見かけたので、最近の発言をざっくりと読んでみたが、あまりに憎しみに満ちた発言が多く驚いた。誰かを憎むのはしょうがないが、それを自覚しておらず、自分ではなく周囲に対して憎しみを撒いている。誰かを憎んでいることを自覚して、自分に対して強く内省して向かう人に、僕は惹かれる。それは憎しみを周囲に撒く人より、よっぽど強さを必要とするからだ。その憎しみを受け入れて許すのは、より更に強さを必要とする。

 

その強さの源は何であるのか?

 

2/15

吉村昭『漂流』(新潮文庫)を読み始めて一日で読み終えた。吉村昭の漂流シリーズの代表作。『大黒屋光太夫』『アメリカ彦蔵』、『破船』も少し最後の辺が漂流シリーズになるかもしれないが「漂流」をテーマに描くことに興味がある。漂流した島で漆喰を作って島から脱出する船に塗って防水に使ったり、池の底に塗って水漏れを防止したりする話が面白い。漆喰は無人島でも貝殻と海藻と火があれば作ることが出来る。次に『プリズンの満月』(新潮文庫)を読む予定。夜は彼とゆっくり会話をして過ごした。僕が欲しいものは言葉だ。欲しいものはないのか?とよく尋ねられるのだが、物理的に存在しているもので欲しい物がない。本を読んでいるのも、自分が探している言葉と出会うためだ。

 

2/14

吉村昭『戦艦武蔵』(新潮文庫)が読み終わった。次に『漂流』(新潮文庫)を読む予定。あとがきに書かれた吉村昭の言葉。

 

私は、戦争を解明するのには、戦時中に人間たちが示したエネルギーを大胆に直視することからはじめるべきだという考えを抱いていた。そして、それらのエネルギーが大量の人命と物を浪費したことに、戦争というものの本質があるように思っていた。戦争は、一部のものがたしかに煽動してひき起したものかも知れないが、戦争を根強く持続させたのは、やはり無数の人間たちであったにちがいない。あれほど厖大な人命と物を消費した巨大なエネルギーが、終戦後言われているような極く一部のものだけでは到底維持できるものではない。このことを戦時中少年であった私は直接眼にしてきたし、その体験を通して、戦争についての作品を書いてみたいとねがっていた私は、日誌から噴き出る熱っぽい空気にあの奇妙な一時期のまぎれもない姿を見いだしたような気がして、武蔵について少しずつ知識を持ちはじめるようになった。そして、ようやく武蔵こそ、私の考えている戦争そのものの象徴的な存在のようにも思えてきたのだ。

 

話は全く変わってしまうが、英司さんの『海辺の随想録』を読みながら思ったのだが、僕はクラスの人気者だとか、スポーツをして身体を鍛えていることを主にしている人に、やっぱり興味が持てないらしい。例えば、僕自身は将棋をやりたいとは思わないのだが、棋士が盤面に向かって真剣に考えている姿を美しいと感じてしまう。一人で孤独に何かに真剣に向き合って考えている姿の方が美しいと感じてしまう。肉体美に関しては年をとるにつれて早く衰えていくものだし、そういったものは興味が持てない。別に恋愛感情を抱くことはないが、藤井聡太とか羽生善治とか豊島将之の方がスポーツ選手のような体を鍛えている人たちよりは、関心を持つ可能性が高いのだと感じている。

 

2/13

谷口桂子『吉村昭と津村節子―波瀾万丈おしどり夫婦』(新潮社)を読み終えた。津村節子の小説も読んでみたい。もはや吉村昭をストーカーしている状態。今年も仕事で何度か東京に行くことになると思うが、その時に、荒川区にある「吉村昭記念文学館」と三鷹市にある「吉村昭初書斎」を見学しに行きたい。こういった文学者の記念館に行ってみたいと感じたのは長崎にある「遠藤周作文学館」くらいだった。遠藤周作の記念館は立派すぎて、遠藤周作本人がお墓の下から、照れ笑いしてそうな苦笑いしてそうな感じだった。かなり前に読んだことがあったが吉村昭『戦艦武蔵』を再読することにした。30代の前半くらいに読んだ記憶があるが、面白くて一気に読んだ記憶がある。吉村昭の息子が語った言葉が印象に残った。

 

父は小説という手法を使って史実を書いている。それによって、どんな歴史資料よりも歴史のエッセンスやリアリティーが伝わって、読んだ人が感動する。それが父の手法だと気づいたのは亡くなってからです

 

小説は頭で書くのではない、手で書くのだと、父はよく言っていました。何を書くかわからないけど、無理やり、とにかく手首を原稿用紙の上に置く。体を机にしばりつけるのだと。そこから作品が生まれていく。アイディアが浮かぶまで待つなんていうのは噓だと。

 

2/12

谷口桂子『吉村昭と津村節子―波瀾万丈おしどり夫婦』(新潮社)を読み始めた。吉村昭の仕事への姿勢から私生活にまで興味を持ってしまった。吉村昭が息子に語った言葉。

 

二人の作品を読んで、衰えてきたなと思ったら、どんなに書きたがっても、筆を折らせろと言われました。首をかしげるような作品を発表し続ける作家をたくさん見てきたからでしょう。そういう原稿を渡されても、若い編集者は何も言えませんからね。読者に対する裏切りですから、そうはなりたくないと父は思ったんでしょう

 

三連休の最終日。連日、彼と一緒に屋外で作業をして疲れ果ててしまった。

 

2/11

吉村昭『空白の戦記』(新潮文庫)を読み終えた。引き続き吉村昭の短編集の読書中。三連休の二日目。朝から来客があり。仲良く作業中だが、年齢的に二日続けての屋外作業は疲れてきた。明日も屋外作業。

 

2/10

吉村昭『脱出』(新潮文庫)を読み終えた。短編集。東大寺の『焰髪』。瀬戸内海の『鯛の島』の話が特に面白かった。『鯛の島』は先に読んだ『陸奥沈没』とも関係している。休日。彼と屋外で終日作業。かなり疲れて夜はヘトヘト状態。明日は来客予定で早めに就寝した。

 

2/9

吉村昭『孤独な噴水』(講談社文庫)を読み終えた。吉村昭の中で異色のボクシングを扱った作品。これからしばらく短編集を読んでいく予定。明日から三連休。

 

2/8

吉村昭『敵討』(新潮文庫)を読み終えた。先日、本屋でたまたま目にしたのだが、宮下英樹『神聖ローマ帝国 三十年戦争(1)』 (歴史群像コミックス)という漫画本を買って読んだ。次に吉村昭『孤独な噴水』(講談社文庫)を読み始めた。吉村昭の作品の中では異色のボクシング物語。

 

2/7
英司『海辺の随想録』(Kindle)を読み終わった。この本の感想は別の文章に書いてみたい。次に吉村昭『敵討』(新潮文庫)を読み始めた。以前、読んだエッセー『わたしの普段着』(新潮文庫)の中で、この本を執筆することになった経緯が書かれていた。敵討という個人的な怨恨には吉村昭同様、僕も興味がないが歴史的な流れに関係した、一見個人の怨恨に見えるが、歴史の大きな流れの中で起こった敵討となると興味が湧いてくる。僕も赤穂浪士の討ち入りも興味がないのだが、吉村昭と同意見。


2/6

吉村昭『白い航跡(下)』 (講談社文庫)を読み終わった。人生の最後、何かに依存してしまう姿に老いるということについて考えさせられる。昼から勤務で23時過ぎに帰宅。以前、やり取りをしたことがある英司さんが『海辺の随想録』という本をKindleで出版したことを知ったので、早速購入して読み始めた。久しぶりにゲイ関連の本を読むことになった。

 

2/5

職場の上司から精神的に疲れているので休職したいと相談を受ける。職場の中でも、かなり上の役職者なのだが人間関係に疲れている。ここ数年、職場で役職のない下の人たちの影響力がかなり増している。その歪みが全て管理職に来ている。管理職は下の人たちへ常に気をつかっている状態。さらに組織の経営者が、言いたい放題言えるのは管理職で、下からと上からの歪みが管理職を直撃している。そのうち、この歪は経営者層にまで達して、今度は役職者の影響力が増して、今までのように経営者は役職者に言いたい放題言えなくなるだろう。管理職の自殺がいくつか起こって世間を騒がすことになるが、その時、役職者に対して異常な発言をしていた経営者が叩かれる番になるだろう。役職者になりたいという男性が少なくなって、次は女性を役職者にしていけばよいという話を聞くようになった。既に何人か女性の役職者も出てきている。役職不足の対策と女性の社会進出も叶って一石二鳥じゃないかと進めているが、男性の代わりに女性が歪を受けることになっただけで、役職をもらっても辛そうだ。今一番職場で人間関係と権力関係と無関係なのは技術者系の仕事をマイペースにしている人たちに見える。僕もその一端ではあるのだが。吉村昭『白い航跡(上)』 (講談社文庫)を読み終えた。続けて下巻を読む予定。

 

2/4

休日。お出かけして食事をして昼すぐに帰宅する。少し休んで彼と夕方暗くなるまで作業。吉村昭『暁の旅人』(講談社文庫)を読み終えた。次は同じ幕末から明治にかけての医療小説の吉村昭『白い航跡(上)』 (講談社文庫)を読みはじめた。次の主人公は高木兼寛。今まで幕府側の主人公だったが、次は新政府側の主人公で会津戦争の描写の視点が違って面白い。

 

2/3

吉村昭『海軍乙事件』(文春文庫)を読んだ。短編集。「海軍乙事件」だけでなく「シンデモラッパヲ」という話も面白かった。次に『暁の旅人』(講談社文庫)を読む予定。先日読んだ高松凌雲に続き、幕末から明治にかけての医療小説。主人公は松本良順。僕は仕事。彼は休み。彼の方は作業をして過ごす。

 

2/2

吉村昭『幕府軍艦「回天」始末』(文春文庫)を読み終えた。次に吉村昭『海軍乙事件 』(文春文庫)を読み始めた。木下恵介監督の映画『陸軍 』の最後のシーンが福岡市で撮影されたことを知ったので、youtubeに掲載されていた動画を視聴。1944年に公開された映画なので、6月には福岡市も空襲されている。

 

2/1

吉村昭『冬の鷹』(新潮文庫)を読み終えた。終盤は高山彦九郎が登場して主人公が入れ替わってしまった。前野良沢の解体新書、平賀源内、高山彦九郎、林士平。開国の足音が少しづつ聞こえてくる。みなもと太郎『風雲児たち』で描かれた人物たちが出てきて懐かしい気持ちになる。ただし、頭の中で描かれるキャラクターが、みなもと太郎タッチになってしまうが、それも楽しい。次に吉村昭『幕府軍艦「回天」始末』(文春文庫)を読み始めた。先日読んだ高松凌雲の小説では少ししか描かれなかったが、幕府軍と回天と新政府軍の甲鉄艦との戦いを詳しく描いた小説。