ライナーノーツ<28>~いつも見ている風景~

「自分だけでなく他の人たちの言葉にならない思いを受け取って文章を書く」

 

この章は「ハッテン場」という言葉を使わずに書いた文章だ。その言葉をあえて使わずに、あの場所を描いてみたかった。こういった感じで、ある言葉を使えば一言で済むのだけれど、その言葉をあえて使わないで文章を書くのが好きだ。例えば『言葉の力』という章に関しても、たった二文字の言葉で済むのだけれど、その言葉を使わないで書いた。

 

今まで僕が書いてきたことは、ほぼ全て実体験に基づいている。なるべく事実に基づいて書くようにしている。ただ最終的に書きたいという思いが行きつく場所は「創作」になりそうだ。例えば「詩」や「小説」といったものだ。ずっと以前から考えていたのだが、最初から創作という「嘘」の舞台の方が、むしろ「本当」のことが書けそうな気がしている。ただ、もし書き始めるのなら、それはこのサイト上ではないだろう。

 

このサイトはゲイブログというカテゴリーに当てはまる。当然だけど、ゲイの人が読んでいることが多い。もしノンケの人が、この文章を読んだら「どこの出来事を書いたんだ?」と不思議に思うだろう。

 

ハッテン場はとても不思議な場所だ。ほとんど無言でやり取りがなされる。視線や仕草などで会話がされる。言葉にならない思いが渦巻いている場所と言える。むしろ声に出さない分、声に出したくても出せない分、心の中の声はもっと大きく切実かもしれない。

 

この章を書きながら、僕は文章を書くにあたって一つの視点を持つことができた。

 

このサイトに文章を書き始めた当初は、ただハッテン場について文章を面白く書いて、読んでいる人が楽しんでもらえればいいと思っていた。でもそれだけじゃ駄目だということに気がついた。

 

言葉に出せない人に代わって文章を書くこと。

 

そういった役割が文章の書き手にあることを教えてくれた。文章を書くきっかけとして、自分の実体験に基づく、自分の思いを書くだけではないことに気がつくことができた。この章に書いた気持ちは、僕だけのものじゃない。あの場所で同じようなことを思っていた人が必ずいたはずだ。そういった人たちに代わって文章を書くことが書き手の一つの役割だと気がつくことができた。

 

今でも、ハッテン場と言われている場所の近くを通り過ぎることがある。

 

もし付き合っている彼と別れることになったとしても、僕はもう二度とハッテン場に行くことはない。ただ、あの場所に行っている人たちに向けて、そこから抜け出す選択肢を一つでも提示したいと思う。あの店が入っている建物を見つめながら、そんなことを考えてしまう。